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2017年5月24日 (水)

雪下白菜の奇跡(2017年2月11日・廣東)

 
 
 
 
うずうずと、もうひとさら。
 
 
 
 
 
えー、
気楽なところで一生懸命と言うことですが…。
 
それぞれ皆様に、ご気性と言うものがございまして、
分類はね、ええ、出来るんでしょうけれど、
十人十色に千差万別なのでございましょう。
ご気性だって、同じものはないとは存じます。
 
ひとくちに「明るい」なんて申しましても、
色んな明るいお人柄がある訳でしてナ。
言い換えてみれば、
それが個性と申しますものなのかなぁ、なんて思ったりも致します。
 
自分自身に当てはめてみますてぇと、
ええ、
「執念深い」と思いますわ。ええ、本当に。
特に食い気に走ると、どうしてもね。
知っているものを再び…てンなら代替えが利くでしょう、
納得も出来ようと言うものですが、
「それは是非食べてみたい」と思って、
食べられなかったから、食べられると思ったのなら食べに行くべし。
 
…何やら頓知の様になって訳が分かりませんが。
 
先達て、売り切れてしまった…
翌週に入荷があった、それをお知らせして頂けた…
ならば行かねば、行かないで居られようものか。
 
YOKOさんが呆れるくらい…
そう、私は執念深い訳でして。
 
先達てのお店を飛び出して、
ふたりが次のお店の前に立ちますてぇと、幕が開くと相場が決まっておりますが…。
 
 
 
 
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そんな訳で、2週続けての緑町「廣東」へ。
 
 
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黒板にメニュウが掛けてあって、ひと安心。
けれど、例えば、これがやっぱり人気で売り切れていたとしても、
それはそれで、美味しいものが多いから、
敷居を跨いで入って来る事が出来た…と思っています。
目当てが少ないお店で、冒険することって、なかなか難しいですよね。
 
 
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注文を済ませて、仕上がるまでの1杯。
 
 
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今夜のお楽しみ、「雪下白菜の炒め」を。
 
偶然に出来上がったもの…と伺います。
本来は収穫すべきだった白菜。
雪が降り積もり、その下で過ごして来たもので、
本来ならば、球状にまとまるはずの葉が、
まとまる前に降雪によって圧されてしまったので、
こんなかたちに。
 
 
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見せて頂きました。雪下白菜の調理前。
なるほど、白菜とは思えない風貌です。
大きさの分からない写真で、こうして拝見すると、
花の開いたふきのとうに見えますかね。どうでしょう。
この炒め、たいへんに美味しかった。
素晴らしかった。
官能的なほど。
 
甘みがある、とろみを感じる…聞くと、これはとろみを付けたんじゃない、
自然ととろみが出て来ているんだそうで、
基本的には塩炒め、塩だけの美味しさ…と聞くと、
既存の白菜の美味しさを遥かに超えているんだと思います。
 
雪下での生活で水気を取られて凝縮した…
そんな印象があります。
本来、白菜にある瑞々しさがなく、歯触りにもとろみを感じ、
パキッと折れる様な食感ではなく、
歯が繊維を割って行くような感触でした。
白菜らしい匂いと塩の旨味が先んじて、
後からじんわりと甘味が盛り上がって来ます。
 
“狐につままれたみたいな”
 
…そんな美味しさでした。
トマトと一緒にして良いか分からないけれど、
他の野菜でも水分を絞ると甘味が増す…なんて伺う事があります。
これは意図的に水分を減らした訳ではないのですが、
白菜の生命力と言いますか、力をみなぎらせてはいてくれたみたい。
 
「食べる事が出来て良かった!」とYOKOさんと喜び合います。
 
 
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少しお腹にたまる、酒の肴として、
メニュウの中から「まだ頼んだことがないもの」を選びました。
 
「廣東で鶏肉とカシューナッツの炒め」
 
…これは先んじて「小盛り」に投稿してあります。
 
こう、本物を食べた心持ち。
カシューナッツは生に限る。
ポリポリと肴として食べるのならば、いつもの白いもので良いのだけれど、
カシューナッツの炒めの真実がここにある。
 
 
 
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で。
 
 
何か、もう1品頼もうか…と思うのだけれど、
雪下白菜の衝撃が覚めやらず、
そもそも1人1皿くらい食べたものを、
YOKOさんと半分こにしているのだから、
そうだ、もう1皿、白菜があるのならば食べたって良かろう…
そう考えての、再び「雪下白菜の炒め」を。
 
たいへん美味しく頂きました。
 
 
 
 
来シーズンも雪下白菜があるかどうかは分からないそうです。
偶然に出来たもの、とのことで。
自然の恵みと言うものは、
本当、人間の手によって制御できる部分は、
その一生のほんのわずかな部分でしかなく、
解明されている様で、まだまだ知らない部分は多いのだなぁ、
欲張りに言えば、
まだ恵みたる美味は、世界に溢れているのだなぁ…
そんな風に感じました。
 
食べたいものを美味しく食べて、僕らは「廣東」を後にします。
「雪下白菜の奇跡」としまして、
新たな出会い、美食の金字塔が思い出に打ち立てられました所で、
今日のところはちょうどお時間となっております。
どうも、ありがとうございました。
 
ありがとうございました。
 
ありがとうございました。
 

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