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2011年3月6日 - 2011年3月12日

2011年3月10日 (木)

酒落語「 鷹の目 」

酒落語「 鷹の目 」

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えー、これから暫しの間、お付き合いを願いますは、
夜の話、酒の話でございます。
酒好きが心から酔っ払うだけの話ってんで、
ええ、どうぞ心持ちを楽にして頂きたい、と存じます。

「居酒屋」てぇのは世の中に“ごまん”どころか、
何千何百もあるもんだとして、
“ナニガシ専門”と謳っておる店も、ちらほらとある訳でございます。
牡蠣ばかり置く店ならば「牡蠣専門」、
焼酎ばかり「焼酎専門」、
焼き鳥屋は「鶏専門」とお決まりにございます。
お姉ちゃんのいるお店なら…
…えぇ、これはちょっとばかし専門外である気も致しますが。

こう言った店の良い所ってぇのは、あれですね、
目的に合って楽しむ事が出来る、これに尽きるんだと思うんです。
「これを食べたい」
「あれを食べたい」
現代にゃ客様の「ニーズ」ってぇものがあるんだそうで、
コンビニだの、スーパーだのと同じ様に、
何でも揃えておけば良い、と言う訳でもないんだそうです。

「ナニガシ専門」、
この看板がデンと店の前に建っているだけで、見栄えもするもんです。
どんなお店かすぐ分かっちゃう。
それを食べたきゃ「あいよ、ごめんよ」と
ちょっと暖簾を持ち上げて、入って行けば良い。
気に入らなきゃ通り過ぎりゃ良いんだから、話が早いってもんでしょう。
何でもあるってぇのは、何も分からないってぇ事ですから、
ええ、大好物の食い物だけないなんて、
箸にも棒にも掛からねぇ、まさかの店に当たっちまうなんて事も、
いくばくか少なくなる…てなぁ訳ですな。

「好きこそ物のなんとやら」、
欲します気持ちに応えるための「専門」屋の、えぇ「プロフェッショナル」なご主人の、
集めに集めた右を向いても左を向いても旨いものばっかしーの、故の故の専門ですからね。
旨いもんの「殿堂」と謳う訳ですからね、
専門店ってぇとお通の方が足しげく顔を出す…と言うのは道理なのでございます。

信州松本には「銘酒居酒屋」なんてものがございます。
全国津々浦々の旨い日本酒を集めた専門店。
店の前には堂々と達筆な張り紙がしてありましてね、
「日本酒専門」と書いてある訳です。

この店主、鋼の様な肉体を持っていて、
言うならば「コワオモテ」ってぇやつだ。
常連を捕まえて聞いてみりゃ、
頼れる兄貴分、腕っ節も良ければ気立ても良い、
料理の腕前だって特級の市中随一の板前だと口を揃えて言うもんだから、確かなもんですよ。
気の良い男に違いはないが、初めて店に寄る客には、それが分からない。
店主の真剣な眼差し、酒を選ぶ眼、包丁を握って刺身を“すぅっ”と切り分けていく時の眼。
見事な酒裁き、手捌きだよ。
これを見て、
「はぁ、まるで鷹の目だ」と思った男がおりました。

えー、「鷹の目」ってぇと…
そうですね、あたしはやっぱり「鋭い眼光」なんて言葉を、
二の句に継ぎたく存じます。
本当のところ「鵜の目鷹の目」なんて言いましてね。
モノの本に寄っちゃ、鵜や鷹がそりゃあ熱心に食い扶持を探す事を言うそうです。
お天道さんに近い高い木の上から何里先も見やる。
見つけたら、ククーッと飛んでって、パクリ。
鵜だろうと鷹だろうと生活がかかっていますからね。
腹を空かせたかかあと子供たちがピーチクパーチク待ってんで…って、
そりゃあ尻羽ヒン剥かれる気持ちで飛んでんでしょう。

えー。
転じて、その“まなざし”…と言う事でして。
日本酒専門店の店主だけに、日本酒には明るい。
日本酒の目利きって奴ですな。
酒をお嗜みになる事を「酒を利く」とも申します。
だからこそ専門と名乗る。
酒の目利き、鷹の目が選んだ銘酒が並ぶ。

さて。
日本酒が好きな男は、人づてに噂を聞きつけてやって参りました。
信州松本は緑町に良い店があるんだそうで。
酒が好きなもんだから、
もっとお通になりたいと案じます。
旨い日本酒にありついてみたいと店の前に立っております。

男「おっ、邪魔するよ」

主「いらっしゃい」

「あらー」っと思うところを下足を脱ぐてんで屈んだ所でやり過ごす。
店に入る前にはくっくっと衿元を正して入ったら、これだもの。
鷹の目。
コワオモテだよ、えぇ?頑固そうだよ。
この酒はあーだこーだと講釈ばかりでは、オチオチ酒も飲んでいられません。
店主の頑固さを受けて酒がマズくなるなんざ、真っ平です。
そんな店主だったら嫌だなぁ…なんて、屈みながらチラリと見る。
おいおい、胸の筋肉が盛り上がってんじゃないか。やる気だねぇ、ええ?

男「ええと、ここは日本酒専門と聞いたよ」

主「へぇ、拙が日本酒が好きなものでして」

ニカッと笑う。
んん、なんだい、全然おっかなくないじゃない。ええ?
男はそれでも初めての店だ。
馴染まない席に通されつつ、辺りを見回してみる。

男「あれかい、良い酒、揃ってんのかい?」

男が落ち着かなそうに聞くってぇと、割り箸入れの奥のメニュウを指差して言う。

主「全国の銘酒が揃ってますんで、どうぞ楽しんで行ってください」

男はこれに気を良くします。
なんでぇ、気さくな主人じゃねぇか。

男「ええ?ここにある酒、みんな旨いの?」

主「拙は旨いと存じております」

選び放題だよ。これで気を良くしない酒好きがいるもんか。
表の「日本酒専門」と同じ字で、
酒の御銘があるわあるわ、ざっとひのふのみの…三十はありそうだ。

男「さぁて…」

男は喜んだは喜んだのですが、かえってどれを選んだら良いか分からない。
お見知りのある酒もあるが、お見知りにない酒もある。
どれを頼んだら粋な男に見えるんだろうねぇ。えぇ?
お通な客に見えるんだろうねぇ。

主「さ、何からご用意致しましょう」

男「……ううん」

世間様では、今時分の状況を「嬉しい悲鳴」なんてお言いだろうが、いかんせん困ったね。ええ?「ぐぅ」の音しか出ないよ。喉が鳴るばかりだよ。

困った男が、ふいっと目をやると、店主は前掛けをしておりました。
酒屋が腰に巻く前掛けってぇのは、多く酒銘が入っておるものです。

男「そうだ、それにしますよ」

主「へぇ…と申しますと…」

男が指し示すままに、店主は自分の腰に目を落とす。

男「うー、あう…、え、えっしゅう…」

それに決めてはみるが、なかなか読めない。

主「これですか。福島県の“かいしゅういち”と申します」

男「へぇ、かいしゅういちかい。ええ、初めて見るもんで。えー、その、なんだ、旨いかい?」

主「ええ。拙は気に入っております」

男「よし、そうか。ならお願いしましょう。ええ。そうします」

主「あい、承知致しました。…ルミさん、会州一をこちらへ!」

そう言って、店主は店の子に声を掛けます。
するってぇと、奥の冷蔵庫から酒が1本運ばれて来る。
店主はその逞しい腕で、一升瓶の腹をガッと掴んで、男の目の前に置いた。

男「おお、なんだか大層なもんだよ。随分、大事そうに持って来たね」

主「酒も商売道具ですからね。さ、お客さん、肴も何か気に入りがあれば、言ってください」

男「そうかい?どれどれ見せてもらいますよ…と」

「酒も商売道具」、何だか、こう…良い言葉だねぇ。
日本酒専門ってぇのは、こう言うことを言うんだよ。ねぇ?
他の店より、もっと酒を大切にしてるってんだ。

品書きには、「弥生十日木曜日・今宵の酒菜」と、これまた達筆な字で書いてありましてな。
乙なものでございます。
読むだけで、どれもこれも旨そうに見えて来るってなもんですよ。ええ。
「四角い顔も丸くする、視覚の効果も味のうち」なんて…言ったとか言わないとか。ねぇ。

男「それじゃあね、ええと、これとこれをもらおうかね。
 ああ、この辺りも旨そうじゃねぇかぃ、ええ」

男が品書きから選んで言うと、いつの間にか、先程酒を持ってきていた、
ルミさんが隣に来ていて、帳面を取っている。

主「…以上で?」

店主がそう聞くので、うんうんと男が頷くとルミさんは、サッと身を翻して戻っていく。

男「いやあ、見事なもんだね。あの体捌きってぇのは。きっと何かおやりだよ」

肉体派の店主に、見事な体捌きの手伝いの子…日本酒専門だから、
こんな玄人さんが集まるんだねぇ。ええ?いろいろあんだ。うん。
何だか、酒が入る前ぇから、
カルチャーショックてなぁ案配に、酔っちまいそうだね。ええ。

奇しくもこれが初めての店故の緊張が為せる技。男はまだまだ緊張しておりました。
ここからが居酒屋たるお楽しみでございます。
酔いの後には、すっかりご機嫌と相成りますので、酒落語、続けて参ります。

主「さ、お待たせしました。注いで参ります」

言うと店主は男の眼前、棚に空の升をカタンと木の音響かせ置いて見せると、
中にグラスを一脚、入れる。

その棚ってぇのが、男の目の高さより少し高いくらいに据え付けてあって、
男は酒が注がれて行くのを見上げるかたち。
電灯の光の中で、トットットッーッとグラスに酒が注がれていく。
真っ白い酒だ。それが器の出口、酒の飲み口に向かって満たされていく。
グラスの先には店主の真剣な眼差し。
一挙手一投足、足先から手の先までも心の入った注ぎ方に見える。

主「福島は会州一の純米にごり酒、用意できました」

男「へへぇ、いただきます」

店主から升が男に手渡されます。
ええ、何だかあんなに決まって渡されると、神妙な心持ちになるから不思議だね。ええ?

男「いやぁ、それにしても綺麗なもんじゃねぇか。この白さ!美しいもんだねぇ。福島!会津の雪の白さは肌の白さ、このにごり酒みたいに綺麗なものなのかねぇ」

男はクンッと鼻面を近付けて、香を嗅ぎます。

男「うん、うん。酒っぽい良い香だ。何だか米の粉が解けたみてぇな甘い香がするよ。はぁー、美味しそうだ」

男「へぇ、それじゃあね、皆様…って言っても私ひとりしか居ませんけれどもね。ええ、頂くとしますか。ねぇ。頂いてしまいますよーっと。
お待ちかねって奴なもんで。ええ。この香!この香!」

男はいよいよ以って酒を懐に引き寄せて、ひとくち。ゴクン。もう、ひとくち、ゴクン。

男「はぁっ、旨い!」

この男の酒を旨そうに飲むこと!
店主はそりゃあ嬉しそうに男を見ていたんだけれども、
酒に夢中で男はそれに気付きません。

男「何とも言えない甘さがあるね。えぇ?甘すぎるんじゃないよ。
 ええ、どっか品がある甘さで、サラッとしているんだ。
 米っぽいけど、米じゃない。
 米を搗き蒸したもんの、なんっとも言えねぇ上品さっつか、
 キレって言うか、ホワッと来て、サラッっと受け流す。
 そして、もう一杯飲みたくなる。何とも案配の良い酒じゃねぇか。」

そして、もうひとくち。

男「どぶろくなんてものは、あれはあれで旨いが、いささか重い様に思えちまうね。ええ?
 ゴクンゴクンだ。あんまり喉を鳴らして飲むもんだから、喉が疲れっちまうね。
 けれど、これはコクンコクンって案配だよ。随分と飲み良い。旨いもんだねぇ」

主「どうです。前掛けの酒、お気に召しましたか」

店主が棚からグイと身を乗り出し、聞いてくる。
男はそりゃあ良い顔をして「旨い」と答えた。

主「ひとつ、肴が出来ましたんで、お持ちしました。
 タコと胡瓜のごま油和え、お待ちどう様です」

陶器の縦長の器に、たっぷりタコとキュウリが入って見える。

男「あい、どうもどうも」

上には飾りで、ちょんと糸唐辛子が設えてあって、恰好良い。
タコの身の白、タコ皮の黒、キュウリの青さに胡麻の黄色がまぶしてあって、
糸唐辛子の赤が、器を締めて美しい…てぇ、もんだ。

男「やぁ、これは旨そうだね、ええ?頂きますよっと」

男はタコを摘んで、ゴリゴリ。
キュウリを摘んで、サクッカリッ。
口の中から、何とも小気味良い音が響く。
それが何とも嬉しく美味しい。

男「良い香だ!噛むたんび、塩と油の香がパッ、すぅ、パッと広がるんだよ!
 キュウリの水っ気が跳びはねて旨い、タコが噛んで噛んで揉んで旨い!」

そこで、男は「会州一」をひと口。

男「うん…、うん、うん」

男「酒がなんて旨く感じるんだァ、ええ?
 酒も、肴もスッと立っているねぇ、いやはや良いねぇ」

男は喜んで、次から次へと進んで行きます。

主「どうぞ、途中に水を差して酒を飲んでください」

そう言って、店主から瓶に入った水を差し出された…ってぇ言うから、男は怪訝な顔だ。

男「水。水……てぇのは、何なんですかい?」

これはもう酒を控えろてなぁ意味かと思うと、あんまり良い気分じゃありません。
酒でなく、水を飲めってぇのは、どう言う了見なんでしょう?

主「これはね、魔法の水なんですよ。
 飲んどくとね、明日の朝、酒が残らなくて良いんですよ」

男「酒が残らない?えぇ?本当にそんな事があんのかい?」

主「へぇ。和らぎ水と申しまして、名の知れた名水なんでございます」

男「名水!あれかい、山からの…ええと、あの、伏流水とか、こう、こんこんと湧き出る水とか、百選とか、そんな…あれだ、水なのかい?」

主「店によって、家によって色々ございますが、まぁ、水なら何でも和らぎ水になりますな」

男「…へぇ?」

男はキョトンとした顔だ。
名水と言うからには某かの言われもあろうに、何でも良いとは奇な事を言います。

主「まぁ、物は試しと言うものでございます。ささ、酒の合間に水を差してみて下さい」

男「…そうかい?水?酒じゃなくて、水を勧めるなんて、お通な店は不思議なことをするもんだねぇ」

男は訝しみつつも、グラスに水を注いであおります。
ゴクッ。
よく冷えた水が喉を通ると何とも言えない爽やかさを感じます。
それがとても心地好い。
水が旨い。目が覚めるようだ。

主「いかがですか。和らぎ水」

男「いや、それがね、美味しいんだよ。サッパリする。目が覚める思いだよ」

主「えぇ、それで酒がもっと進んで、明くる日に残らないてぇもんですから、
 魔法の水と称しておる訳でして」

男「魔法の水、和らぎ水。へぇ、良いねぇ。本当に酒が進むね」

男は初めて試す、酒と肴と水の組み合わせでしたが、爽快で、そして酒を飲み、肴を食べて、何とも居心地が良いと感じておりました。
箸は次々と踊るようにタコを摘み、キュウリを運ばせ、酒が見る見る減って行きます。

主「さぁ、話している内に盃が空きましたな。次は何をご用意しましょう?」

男「そうだね、益々、旨い酒を飲みたくなったよ。ええと、そうだね、ええ…」

「どうしたもんかな」と男には、再び「嬉しい悲鳴」がやって参ります。
気になる銘柄があるにはあるが、それで良いもんか、今一歩の押しがない。
手前の中で、それを頼んで良いもんかが、なかなか決まりません。
旨いもんを早く飲みたい、食べたい続けたいってぇ思うからこそ、
自分自身に焦れてきます。

男「えー、うん、どうしたもんかなぁ」

主「もし、お迷いならば、こう言うのはいかがでしょう」

男「へぇ…と言いますってぇと」

主「次の肴が出来ましたんで、それと合う様に、酒を見繕いましょう。いかがです?」

男「見繕うってぇと…」

主「平目のえんがわと酒盗を合わせたものが出来ておりますから、
 これにバッチリ見合う日本酒をお勧めさせて頂きます」

男「へぇ、そりゃあ良いや。ありがてぇ。正直、こんなに酒が並んでっと、
 どれを選んで良いか分からなくていけねぇ」

主「好きに選んでもらって、酒との出会いを楽しんでもらえりゃ何よりなんですが、
 手前共もそのお手伝いが兼ねてよりの生業となっております。
 是非、何でも聞いてください。
 酒との見合いの相談事ならば、何なりと応えさせてもらいます」

グッと店主は胸を張る。座って見上げる形の男からは、随分と大きく見えたものだそうです。

男「いやいや、えぇ?頼もしいじゃねぇか!おう!それじゃ、次の一杯はお願いするとしようか」

主「へぇ、ありがとう存じます。では、ルミさん、木曽路を持って来てくれや!」

するってぇと、再び奥の冷蔵庫から酒が運ばれて来る。
グラスが取り替えられ、再び男の眼前に酒が注がれて行きます。
電灯に煌めく綺麗な酒。

男「木曽路かい?木曽の酒、信州の酒なんだね」

グラスに並々と注いで、再び店主から受け取る。
先と同じ動作、気を張った見事な動作だからこそ、
店主はこうやって毎度毎夜繰り返している名人なんだと思わせる所作。

主「察しの通り、木祖村は藪原、湯川の酒でございます。
 銘を木曽路・特別純米大寒仕込みと発します。
 さぁ、えんがわの酒盗和えもこしらえてあります。どうぞ」

男「えぇえぇ、頂きますよ。これだけの酒の中から選んでもらったってぇのは嬉しいねぇ。
 ワクワクするよ。どれ、まず酒を頂こうか」

男はグラスの縁に口を寄せ、「木曽路」をズッ、とちょっと吸ってゴクリと飲む。

男「ぃやぁ、これは綺麗なもんだねぇ。
 おっと、喉を通ると口の中にちょっと甘みが残るよ。
 何とも言えず良い心持ちにさせるねぇ。ええ?
 森の中、朝の清い空気が浮かぶようだよ。
 それでいて、しっかと木が座っている。
 木曽路の風景が浮かぶような優しく芯の座った酒じゃねぇか」

そして、男は肴、えんがわを摘みます。
白くて艶っぽい身持ちを箸で摘もうとするが、
「えいっ…おっ、やっ…」、なかなか上手く摘めない。
2度3度して、捕まえてニヤリ。

男「なかなかイキが良いじゃねぇか、ええ?捕まえましたよ、おい。
 木曽路が渇いっちまうからな、いただきますよ」

パクリ。追って酒をひとなめ。
口をつぐんだまま、バンバンと台を打つ。

男「か~ッ!旨い!これは本当に旨いや!
 いやいや違うんだ、さっきのがイマイチだなんて野暮な事を言いてぇんじゃねぇんだ!
 旨い!」

男「なんだよ、ええ?酒盗ってこんなに旨かったか?
 塩っ辛い中に、旨味がパンパンに膨らんで詰まっているみたいだね、おい!
 ツルッと入って来るえんがわが、くにゅっとして、ほわっとして、
 なんだかちょっと甘くって旨いところに、
 酒盗のでっかい旨さが覆ってたまらんね、ええ?
 そこンところにこの木曽路だ!塩に良いねぇ。合うねぇ!ええ?!
 酒がシャンとして、シャチホコ張ってねぇで、
 塩に柔らか~く応えてくれているよ。これは旨いよ!!」

男はそれはそれは喜んで食べて飲んでおります。
店主はそんな喜ぶ様を見るのが好きなんでしょうな。
鼻唄交じりに次の肴に取り掛かっております。

和らぎ水を合間に挟んで、男はあれよあれよと木曽路を飲み干してしまった。
さて、今度は何を飲もうかと考える。
ご主人に選んでもらっても、もちろん、美味しいお酒に巡り会えるんだろうが、
このめいっぱい書かれた銘柄の中から選んでみるのも、
これまた楽しそうに見えて来る。
店主は良い言葉を使ってくれたじゃねぇか、ええ?
「酒との出会いを楽しむ」、何とも良い響きじゃねぇか。

男「さぁて、どれにしたものか、美味しそうなのか~っと」

眺めていく中で、何とも縁起の良い字面をした銘を見つけます。
実り豊かの「豊」に、正月賀正の「賀」を合わせた酒。

男「ご主人!次なんだけどね…」

主「へぇ、お決まりですか」

男「これこれ、これにしようと思うんだ。大層、縁起の良い名前じゃねぇか」

男は、トントンと品書きの銘を指差して言う。

主「おっ、トヨカですね。今、こしらえている肴には、そう言う厚味のある酒は合いますね」

男「私は、この酒の事を知っているか知らねぇか…っていうと、
 知らないんだけれどね、ええ、
 そう言われるとなると、益々飲んでみたくなっちゃうねぇ。嬉しいねぇ。
 ご主人、それじゃ…、えー、なんだ、トヨカをひとつお願いするよ」

主「へぇ、かしこまりまして。…ルミさん、今度は豊賀をこっちにくれや」

主「では、空いたグラスをお預かりいたしやす」

言うと店主は男の元から升を拾い上げ、再び綺麗なグラスと置き換える。
蓋を取って「豊賀」なる酒をトットットッ…と注いでいく。

主「長野は小布施、米川正宗が醸す豊賀、特別純米生原酒、お待たせしました。どうぞ」

渡されるそれをしっかと両の手で受け取ると、
男はそのまま升とグラスを引き寄せて、スンスンと鼻を鳴らす。

男「おぉ、これは香が良い酒じゃねぇか。えぇ?
 花の様だよ。ふわぁっと広がって来るね。おっと」

グラスの縁からいくばくかこぼれた酒が、男の手を濡らします。
するってぇと、指先からも酒の良い香が「ふわわん」と上って来る。
男はたまらなくなって、酒をグビリとやります。

男「こりゃあ、良いね。旨い。香が立つよ、ねぇ?
 香が鼻をスゥーッと抜けていくと何とも艶っぽくて良い香がするもんだ。
 香は華やか~な感じだってんのに、
 味はなんだ、しっとりした感じでふくよかなもんだよ。
 ちょっと口に飲ませただけでも、
 口いっぱいに旨いのが広がるよ、包んでくれるよ、ええ?
 嬉しいじゃないか。しっとりして柔らかくって甘くって旨いもんだねぇ」

男「なんだかこれだけで旨くって、
 肴なんてなくても良いんじゃないかって思えるよ。
 香に惹かれて、どんどんと飲めちまうね」

主「いやいや、どうして。次の肴が仕上がりました。
 柚子こしょうを利かせてお召し上がりを」

店主はそう言って次の皿を男に差し出します。
目の前を通って台の上に乗る道すがら、男の鼻先を通って行く…
何とも香ばしい、良い匂いが降りてきました。

主「鶏のしお焼きでございます。これと豊賀を是非、合わせてみてください。
 きっと良縁となります」

男「お、そうかい?そう言われちゃ試してみたくなるもんですな。ええ?
 それじゃ、まずは鶏を頂きますよ」

大振りの鶏肉がザックリ分けられてあるそれを男はひとつ掴んだ。
箸で掴んだ途端、皮面はパリッと音を立てる。
キッチリ良く焼かれた音は、何とも旨そうに感じさせます。

男「おっほ、熱い!こりゃ柔らかくてムチッとして良い肉だね、ええ?
 甘く塩が振ってあって肉の味が、より、美味しいよ。で、これだこれ!」

男は鼻に上って来る香に目を細め、喜ばないではいられない。

男「柚子こしょう、柚子こしょう!はぁ、何て良い香なんだ!
 パリッと香ばしい皮の香を割ってピリッと鋭い香を走らせる!
 いやぁ、体に電気が走るみてぇにピリッと来るのが良い心持ちじゃねぇか!」

男「そんじゃ、ここで豊賀を頂いてみるってぇと…どうだ」

男は箸を置き、今度はグラスに手を掛けて、ゴクリ。

男「…良い!旨い!」

男「香と香が当たって旨いんだよ、これ!えぇ?
 良い香同士がね、ピリッと来て、ふわわんと広がるんだ。
 そんで、鶏の旨さと塩焼きの甘みが酒と最後にガッと組み合っちゃうンだから、
 これもまた、たまらないねぇ!」

主「そりゃあ、何よりでございました」

男は、まるで夢心地で飲んでは食べる。
この世の天国みたいな心持ちで酒と肴を楽しんで参ります。

続いては、
松本の「女鳥羽の泉」、山廃純米原酒と言う、
こってり甘くほっこり優しい酒に、
季節の野菜や木の子、白身の魚を使った「揚げだしいろいろ」を合わせます。
しっとりたおやかな酒に、豊かなおダシの香、
ちょいと甘めのタレを忍ばせた風合が何とも美味しく、
素揚げされた野菜や木の子の色取り取りの味わいが、どれも光って旨い。

そこで、「早採りザーサイの浅漬け」を頼み、
ゴリゴリと良い触感、
口の中をサッパリさせるみずみずしい浅漬けの美味しさで、酒を更に嗜みます。

上質の漆の様に艶があり、
トロッと煌めく甘く煮立てた「鰤の煮付け」に、
奈良の銘酒「睡龍」の純米吟醸を合わせる。

思わず米が欲しくなる鰤の濃い甘み、甘っ辛さ、
深く染みる美味しさを男が喜ぶと、
店主は「酒は元は米なので、米に合うものは酒に合うんだ」と言い、
勧められた「睡龍」は、
金剛像の様なしっかり逞しい見立ての酒で、
鰤を食べて食べたいと思った
白いおまんまの旨さに勝るとも劣らない旨い日本酒でございました。

こうして男はひとしきり。
時が経つのも忘れて酒と食を楽しんで、
宵も深くなり、酔いも進んで、すっかり良い心持ちと相成りました。

その男、
店に入った頃は、「鷹の目」なんて言って
随分と緊張していたものですが、店主の気の良さにすっかり安心して、
いつしか酒を楽しんで選ぶようになり、
酒によって食がこんなにも活気づくものかと、
相性、組み合わせの良さ、そのお楽しみをすっかり覚えられ、
ひとつ頼むにも、あれだこうだとぐるり頭を巡らせて品書きを眺める様になりました。
するってぇと、不思議に思えて来るのが、店主の見事さ。
酒と食との相性を瞬時にズバリ、ピタリ…と言い当てちまうもんだから、
相当の手練(てだれ)、大したものだと思わせます。

男「えー、ご主人」

主「次ですか」

男「いや、違う。私は何とも良い心持ちになった」

主「それは、ありがとう存じます」

男「ご主人が選ぶ酒、出す肴、ピシャリとあって最高に旨い」

男「そして思ったんだ。いや思っていたんだって…感じかね。
 えぇ。言いにくいけれど、とっても興味があるんだよ。ええ」

店主はそんな焦らされるような言い方じゃ何も分からない。
「へぇ」とだけ相槌を打って言葉を待つ。

男「えー、その、なんだな、全国の酒と肴を合わせる極意ってぇのをひとつ聞いてみたいんだ」

主「…極意ですか?なんの?」

男「なんのっ…て。その鷹の目の極意ですよ。狙った銘酒は見過ごさない、
 食わなきゃ分からない酒と肴の恋仲を、あれよあれよと見破っていく。
 えぇ、そんな極意ですよ」

主「そんな極意なんてありませんよ、酒も肴も旨いんですから」

男「いやいや、そんな訳はないんだ。ええ?
 こんな見事な店になっているんだ。酒も肴も本当に旨いよ!ねぇ?」

男「どんなもんでも極めるからこそ専門店だ。日本酒専門の戸立に偽りはないだろう?」

男「頼む!ええ、頼みますよ!今日ここでこんっなに良い心持ちになったのも何かの縁だ!」

男「教えてください!お願いします!」

主「あらら、お客さん、顔をあげてくださいよ」

主「楽しんでもらったんなら、拙はこれ以上嬉しい事はない。ありがてぇ。
 ここに来る前より、もっと日本酒を気に入ってもらえたんなら、本望って奴だ」

主「ただ、極意ってぇのに思い当たるものはねぇんです」

男「いやいや、後生ですよ。ええ。本当に。鷹の目の極意をどうぞ教えておくんなさい」

ここで店主はちょっと思案を致しまして。

主「極意って程でもないが、ちょっとしたコツならあります」

男「本当ですかい?そりゃあ何より知りてえもんだ!」

ニン!と店主は笑って言う。

主「良いかい?それを飲んで、よく聞いておくんなさい」

鷹の目の極意を聞こうと、言われるままに男は酒をごくり。うん、旨い。

主「鷹の目の極意はねぇ…」

男「へぇ、鷹の目の極意とは?」

主「 ただ飲め 」

小難しい事を考えずに、ただ美味しいものを美味しく飲むのが、
いちばんの極意と言うことで、おあとがよろしいようで。






















あとがき……………………………酒落語・その弐

この度は、お読み頂きまして真に御礼申し上げます。
少しでも日本酒に手が伸びそうなお話に思って頂けたのならば、
私としても幸い至極にございます。

ある松本のお店を思い浮かべながら書かせて頂きました。
数年前より恩のあるお店で、
松本で日本酒を美味しく頂いて、過ごして行ける、
その自分の中での根幹に位置するお店の中のひとつでございます。

その店主をして「鷹の目」と言うタイトルは、
数年前、自分が通い始めた頃のメニュウに、
「根は気の良いやつなんです」と小さく書かれたそれが、
何とも気さくで、ほほ笑ましく、気に入ったものでした。
逆を言えば、
強面に見られもすると言う事で、今回のカラクリになっております。

落語とはオチ、サゲのあるもので、
何度となく登場させた「鷹の目」と「ただ飲め」の引っ掛けでございます。
口に出すとその口調で符合が合いますが、
文章では、なかなか伝わり難いやも知れません。

そのお店の中の名言に、
「酒は、ウマイ か スゴイウマイ しかない」と言うものがございます。
その通り。
小難しく飲んでも美味しいものですが、
何も考えずに楽しんで飲むのも最高に良いものです。
これから酔うってんで肩の力が入ったまんま飲んでも、
大して美味しさに気付けないかも知れません。
気張らずに、
気に入る、気に入らないもの、数多、出会うものでしょう。
それを実に楽しんで夜を過ごして行く事が出来ればと願い、
酒落語「鷹の目」を書かせて頂きました。

本当のところもありますし、フィクションのところもありますし。
実際に、そのお店、
もしくは素敵な松本の日本酒居酒屋に足をお運び頂いて、
1杯でも多く、旨い日本酒を知って頂ければと願い奉りまして、
以上、筆を置かせて頂きとうございます。

「酒 宗夜」SOJA(宗夜 苳治)

前回、「かんどころ」を書いた頃に比べてみると、

落語を一切聴いた事がなかった当時から、

実際に足を運び、耳を傾けた分だけ、

自分としても落語を好きになって取り組む事ができました。

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