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2011年4月26日 (火)

酒落語「 のぼり鯉 」

酒落語「 のぼり鯉 」

Sakerakugo_3_noborikoi

えー、いっぱいのお運びでございます。
揚々として、端午の節句、鯉のぼりが立つ陽気になって参りました。

早速ではございますが、都都逸(どどいつ)をひとつ。
え、落語を聞きに来たんだ、都都逸たぁどう言う了見だって?
ええ、ごもっともでございます。
そんな方には、たいへん良い方法がございます。
こう、両の手のひとさし指をお出し頂きまして、
“ちゅっちゅっ”とツバキを付けて頂く。
そうして、グイッと耳にやります。
そのまんま、一節分だけお待ち頂ければ、ええ、よろしいかと存じます。

…なんて事は申しませんが、お付き合い願いまして、
えー、では、テトン、テントトン……

♪信州信濃の 新そばよりも あたしゃあなたの そばがいい

―――てなぁ、ええ、たいへんにオツなものですな。

江戸の世は、七・七・七・五の調子の
都都逸をたいへんな洒落事としておりまして、
ええ、粋なものとして流行ったんだそうです。
今はあんまり聞きませんが。

江戸の世にあって、今の江戸…東京にない、
あんまし見掛けられないてぇのは、
思いのほか、ある様に存じます。
こうして落語を聞いておりますと、
「昔はそうだったんだなぁ」なんて知ることも多くございます。
かえって、今も昔も変わらないものを探すほうが難しい。
足で移動、馬で移動は、鉄の馬…電車や車になり、
提灯、ロウソク、街の明かりはネオンに取って代わっている。

ただ、人…と言うものは変わりませんね。
変わっている様で、実の所は変わらない。

その最たるものは、
やっぱり「恋」や「愛」…
ともすりゃあ裏返って「憎しみ」…
“可愛さ余って憎さ百倍”とも申します。
ええ、男と女の交わり合いでございますな。
これは今も昔も、変わりは無いものだと存じます。

♪寝ても覚めても あなたを思い 思いよ届けと じっと見る

―――なんて様子の良い女の方に、
そんな風に見つめられたなら、
男はたまらないものがありますな。
これが逆さになって、
野郎が女の人をじっーと見て、付け回すってぇなると、
なんとも具合が悪い。
ちょっと間違えば、手が後ろに回っちまいますよ。
ええ、男と女が逆さになっただけなんですけどねぇ。

惚れた腫れたのお話は、酒の席からお茶の席、増して井戸端まで、
いつでも飽きの来ないネタでございます。
現代での若い娘の方々は、
「恋のおはなし」で「恋バナ」…なんて略される様ですな。

江戸の時分は心中物、昭和になったら駆け落ちのドラマ。
恋とか愛だのの究極の形として、憧れられたりもしました。
「あたしも、そんな素敵な恋がしてみたい」…
手に手をとって男と女が命を賭して、
思いを、愛を、貫き通す…
たいへんに粋なものとして、珍重されていた様でございます。

♪愛しくて 命懸けてと 君愛すれば 相成れぬなら あの世へと

恋愛モノから急にサスペンスになっちゃう。
ギラリ、出刃を両手で握り締めて、
「好きよ!死んで!」
…んー、一緒になりたいんだか、この世とお別れしたいんだか。
えぇ、随分と、物騒なことでありますが、
無い事も無い、それが惚れた腫れたの話ってぇもんです。

いつの世にも、色恋沙汰には、
そうした物騒な事が背中合わせでございまして、
自分の身に振りかかって来る…てぇと、
これほど面倒なものはありません。

ただ、ただ、難しいのは人の常。
自分がぽーっと誰かに惚れっちまうと、
それを誰かに話したくなるってぇのが人情でございます。
自分の身に他人様の恋路が振り掛かるのは嫌でも、
他人様に自分の恋路を振り掛けるのは大好物…とは、
お定まりとなっている訳でございます。

こうしたら良い、ああしたら良い、
恋の相談を惚れたご本人さんに出来れば…なんて、
そんな簡単な事はありません。
出来ないからこそ、
悩んで悩んで、誰彼に話をしたい、と
夜もまんじりともせず、思い耽るものでございます。

信州信濃のある街に、
康治(やすじ)さんと言う方がいらっしゃいまして。
これがたいへんに惚れっぽい方であったそうです。

道を歩けば棒に当たる…でなくて、女に当たる。
気が多くて、色んなご婦人に声を掛ける。
下手な鉄砲、数打ちゃ当たる…なんて、申しますが、
ご婦人方も、そんな気の多い方には、あまり良い顔はしませんね。

振られ振られて三三振、散々でタコの1日。
♪ひと目あったその日から、恋の花咲く事もある…で、
かっーっと茹でタコにみたいになって、
打席に立つんですけれど、いっつもノーヒット。

「おぅ、ちょっとそこを行く、お嬢さーん!」

「………ふンッ!」

タコを叩いてばかり。
でも、康治さんは、よしゃあ良いのに諦めない。

久「なぁにぃ?また惚れただぁ!?」

康「ちょ、ちょっと声が大きいよ、久治の兄さん」

久「なんだいなんだい、えぇ!?声も大きくなるだろうよ。
  ついこの前、ほんのついこの前じゃねぇか、
  志賀屋の泉に惚れて、声掛けて、振られて、
  ワンワンここで泣いて、だよ?
  終いにゃ、“もう恋なんてしない”って言ってたじゃねぇか!」

康「やぁ、そんな事もありましたねぇ。泉もイイ女だった…」

久「ちぇっ、付き合ってもいねぇのによく言うよー、ええ?
  何かい?今度は誰に振られんだい?」

康「縁起でもねぇなぁ、兄さん!まだ言ってもいないんスよ。
  振られンのはその後じゃねぇスか」

久「ほれ見ろぃ、やっぱり振られるんじゃねぇか、やめとけやめとけ!」

康「…あっ、いや、後生でスよ、ええ?酷いもんじゃないスか。
  今度の今度は本気なんスよ。岡惚れなんかじゃあ、ありません。
  本惚れも良い所!本惚れ中の本惚れでさぁ!」

久「…おい康、康公よ。おめぇに良い都々逸があるよ」

康「おっ、良いスねぇ。恋の花咲く事もある、
  明日も咲け咲けもっと咲け~♪とかですかい?」

久「ん、岡惚れ三年、本惚れ三月、思いを遂げたは、3分間~♪…てぇ、ヤツだ」

康「ちぇーっ、なんでい。さっきから兄さん、酷いもんだよ、えぇ、ほんッとうーに。
  今度の今度はね、今までとは違うんでスよ。本気なんス」
 
久「膨れるこたぁねぇだろう。こっちぁ心配して、言ってんだよ」

康「もうね、奴さんも、あたしに惚れていますよ、ええ。
  何度だって目があってンです。言葉なんざいらないくらいに、
  俺たちぁ…んー、あれだ、その、好き合ってンですよ。
  お互いにマブ同士ってんス」

久「おうおう、えらい自信じゃねーか。ほんっとうによくめげねぇもンだ。
  康坊のそこンところだけにゃ、敬服するよ。
  おぅ、それじゃあ、まぁ、しょうがねぇからな。
  めでてぇお前ぇさんに、酌をしてやろうじゃねぇか」

康「へぇ、兄さん。ありがとうござんす。
  …っとっと。おっと、兄さんは手酌で?
  いやいや、注ぎますよ」

久「なぁに、気にするねぇ。おぅ、関の大将!肴ぁ、こしらえてくださいよ」

関「あいよ、久治さん。何にするんだい。イイ所でも切るかい?」

康「良い所!刺身ですか!鯛が良いスねぇ、ゲンを担ぎたいもんでさぁ。
  惚れたあの子のほっぺたみたいに、
  赤い鯛の尾を持って、こう……刺身にしちゃう」

関「鯛なら今朝上がったばっかりのがあるけどよ」

久「いいんだ、大将。やっておくれよ。
  俺ぁこれから、康公のノロケを聞かにゃならねンだ。
  やたら熱心に“兄さん、ちょっと1杯!”なんて言うと思ったンだよ。
  えぇ?
  せめて、大将ンところの旨い肴ぁ食らって、
  良い心持ちにならなけりゃ、釣りが来ねぇよ」

関「久治さんも、相変わらず人が良いねぇ」

康「やぁ、ほんっとうーに、いつもいつも兄さんには世話になってまス」

久「世辞はやめろい。気味ぃ悪いじゃねぇか」

関「鯛のいちばん良いところをお出ししますよ」

久「おぅ、大将、酒も何か他に見繕ってくださいよ」

関「へぇ、さぁて、どれを出そうかね…」

飲み屋の大将に酒の願いを出しますと、
久治はグイッと康治の面を向き直りまして、聞きます。

久「で、だ。七面倒くせぇから聞いてやるが、
  なんだい?えぇ?今度の今度は、何処の、誰に惚の字なんだい?」

康「おっ!来ましたね。やぁ、そうなんでスよ。ねぇ?
  ちょっといいことになってンでスよ」

久「お前ぇの“いいこと”はタカが知れているよ、えぇ?
  どうせ、あれだ、こっち向いて笑ったとか、
  そんな所じゃねぇのかい」

康「そんなんじゃねンス。ちゃんと小指と小指が触れ合ってンス」

久「小指と小指ぃ?なんでぇ小指って」

康「こう、ちゅっちゅって」

久「ちゅっ…て、康、お前ぇ、酒が腑に落ちる前から、酔ってンね。
  えぇ?いつから飲んでんだい。馬鹿言うねぇ!?えぇ?
  どうせ、どっかで飲んで、うっちゃられて、
  道沿いで都合の良い夢でも見たんだろ?えぇ?」

康「赤い糸って、幅広なものなんスねぇ…」

久「おーい、聞いちゃいねぇよ、これだもの。ぽーっとしてんの」

関「おっ、そうだそうだ。久治さんね、酒、ちょうど具合の良いのがあるよ」

久「おう!いいね!こんな馬鹿っ話、聞いてられっかって。
  何がちゅっちゅっ…てンだ」

関「あぁ、たぶん康さんは赤い糸が結ばれた…って言いたいんじゃないかねぇ」

康「そう!そうそうそう!それなんスよ!大将!赤い糸!」

久「康よ、ほんっとうーに、お前ぇはめでてぇヤツだなぁ…」

関「酒はこれだよ、康さんの恋の話をしてンだろ?
  ほれ、鯉の絵が描いてある」

Photo

大将がドン、と置いた一升瓶には、
「勢正宗」と銘が書いてございまして、
その脇に、こうピチピチ!っと水面から跳ねた、
威勢の良い、ナリの良い鯉が描かれております。

久「…鯉が描いてあるって…洒落かい、大将?」

康「いいじゃねぇスか、大将!ええ!こりゃあいい!
  鯉のお酒で恋に酔っちゃうなんて、粋なもんだ!」

久「けーっ、どこが粋なんだい」

関「むくれちゃいけねぇよ、久治さん。
  この酒はね、由緒正しい必勝祈願、
  縁起がたいそう良い酒なんだよ」

久「恋で鯉の酒ってだけじゃねぇのかい?」

関「当たり前だよ、さ、まずは1杯やってみておくれ」

康「へいっ!恋の鯉の酒、ありがたく頂戴つかまつりまする!」

久「…ったく、調子が良いもんで」

関「これはね、信州中野の酒なんだ。
  ま、書いてあるけどね。
  名を『いきおいまさむね』と言う」

久「へぇ、おっ、と、ありがとありがと。並々と注いでくれたね。
  おぅ、じゃあ頂くとするか」

康「この思い、届きますよ-に!!」

久&康「ぐびっぐびっ…」

康「おっ、こりゃあうまいスね!」

久「いいねぇ、優しい味だ。じっくり染みてくらぁ」

関「だろう?造り手のおいさんも良い人なんだ。
  あったけぇお人でね。
  おいさんのぬくもりが酒に現れてる」

久「で…大将。なんだって、これが縁起が良いんだい?」

関「おう、そこなんだよ。聞いておくれ。
  『勢正宗』の“勢い”てぇのは、
  男子必勝、元気溌剌の証だよ。
  百才躍如、万事がうまく行く様に願う気持ちから、
  名付けられたものなんだ。
  「鯉の滝登り」は久治さんも知ってンだろ?
  勢いが正にあるもの、勢いの証の鯉の酒なんだよ!」

康「……あー、えっ…」

関「なぁ、康さん?いいもんだろ?」

康「…えぅ…そ、そう、つまり、縁起が良いんスね?」

久「…おめぇ何にも分かってねぇな?」

康「恋の酒ってぇなら分かるんスが、小難しいのはちょっと…」

久「鯉の滝登りってぇのは、あれだな、故事ってやつだ。
  「登竜門」って知っているか?」

康「あれスかい、花街通いの登竜門とか言う…」

久「ちぇっ、お前ぇはどこまで行っても女の話ばっかりだなぁ!
  あー、間違っちゃいねぇけどな」

康「当たりッスか!じゃあ、恋が叶うと!」

久「馬鹿言え。それとこれとは別だってンだよ。
  古い話でな、「竜門」と呼ばれる、
  そりゃあ、のっぴきならねぇ急流があってな、
  もし、この急流を鯉が登って行ったなら、
  その鯉は竜にも勝り天に昇る、
  竜になって天に昇る…竜門を登るから、
  「登竜門」って言うんじゃねぇか」

康「それがこの酒となんか関わり合いがあるんスか?」

関「大アリだよ、康さん!
  まぁ、恋に鯉を掛けてはいるんですけどね」

久「…つまりだ。いいか、康。
  急流を乗り越える鯉、
  鯉の勢いてぇのは、たいへんにゲンが良い。
  物事を成功させるために、
  たいへん勢いを付けるものだってんだよ」

康「ぐびっ、ぐびっ、ふんふん」

久「飲んで聞いて、良いご身分だね。てめぇの話をしてンだよ」

康「ぐびっ、いやぁ、旨いんスよ。この酒」

久「そりゃあ、分かるけどもよ。
  いいか、つまりは鯉に恋が掛かっちゃいるが、
  関の大将はな、
  お前ぇの恋が成功するように、
  必勝の縁起酒を、ほれ、俺らに飲ませてくれてンだよ。
  分かるか?」

康「ぐびっ!なるほどー!!ありがとうござンす!」

久「ちぇっ、分かってンのかねぇ」

康「分かってまスに決まってンじゃねぇスか!
  必勝必殺!縁起の良い恋の酒!」

久「必殺してどうするよ、おい。
  でも、確かに良い酒だなぁ。
  ほっとさせてくれらぁ。
  …で、そりゃあそうと康よ。
  今度の子はどこの誰なんでい?」

康「へぇ、おキヨちゃんなんス」

久「キヨ…?どこのだい?長屋のキヨはこの前、米寿だったじゃねぇか」

康「違いまスよぅ、ねぇ、あの、おキヨちゃんなんス」

久「なんでい、ナヨナヨしやがって気味ぃ悪いなぁ」

康「……あの、井賀屋のキヨちゃんなんス」

久「井賀屋ぁ!?あの大店(おおだな)の!?」

康「ちょっと久の兄貴、他にお客さんもいるンスから、
  そんな野暮な、おっきな声出しちゃいけませんヨゥ」

久「うるせぇ!えぇ!?これが黙っていられっか!
  ちったぁ脈のある話かと思ってみたが、
  あ!お前ぇ、どうやらほんっとうーに夢見てやがったな!」

康「違うンですよ。これがねー…ねー、えー、いやぁ照れちまいまスなぁ」

久「けっ、どう違うんでい。
  井賀屋ン所の娘さんって言うと、
  正真正銘のお嬢だってンだよ、えぇ?知ってんだろ?
  あんな大店、ここいらにゃ他にないよ?
  深窓のお嬢様ってヤツだ。箱入りだよ。
  俺らにゃ会うことすら、適わねぇご身分だ」

康「でも、繋がっちゃったんス。赤い糸が」

久「康、お前ぇどうも様子がおかしいよ?えぇ?
  なんでい、何があった?」

康「今日ね、仕事前ぇに神社にお参りに行ったんでさぁ」

久「おう、結構なもんじゃねぇか」

康「へぇ、で、ですよ。
  そこにおキヨちゃんがね、
  ふたりの女中さんを連れて現れたんです」

久「うんうん、それで」

康「あっ、久の兄さん、酒と肴、もっと注文して良いスかね?」

久「あぁん?あぁ、まぁ、良いけどよ。で、どうなったんだい」

康「へぇ、ありがとうござンス。
  で、“はぁ、綺麗なもんだなぁ”とあたしは見惚れておりました」

久「うんうん」

康「今朝方ぁ滅法、風が強かったもんだから、
  こう、どこからともなく、ヒラヒラ~っと飛んできまして」

久「飛んできたって…なんだ、お前ぇの言う、
  運命の赤い糸ってヤツか?」

康「そうなんス。赤いフンドシが…」

久「はぁ!?」

関「なっ、なんだって!?康さん、こっちぁ包丁持ってンだよ。
  イキナリ冗談はよしておくれよ」

康「大将、冗談なんかじゃありませんよ。
  でね、その赤いフンドシが、バサーッと、
  おキヨさんの顔に覆いかぶさったんス。
  「あーれー」と、か細い声が聞こえるわけでさぁ。
  そこであたしは駆け寄って行って、
  「大丈夫か」と助け起こしまして」

久「………おう、それで?」

康「奴さん、てめぇの顔にフンドシが引っかぶったのを知ると、
  もー、真っ白くて透き通る様な肌が、
  見る見る真っ赤になりましてね。
  茹でダコって、あぁ言うのをお例えになるンでしょう。
  『どこのどなたか存じませんが、
  こんなお恥ずかしい所をお見せするとは、
  どうかご内密に…』ってんで、
  大慌てで戻って行っちまった…って事になっちゃったんス」

久「…それで、恋の赤い糸だって?お前ぇは言っているんだと?」

康「そうなんス。手に残る赤いフンドシ…いや、赤い糸を、
  あたしはギュッと握り締めました。
  契りの赤いフンドシに違いありませんよ。
  どこの誰のフンドシか知りませんけどネ。
  オボシメシに違いないンす」

久「お前ぇ、そりゃあ…。しっかりしなよ、気を確かに持つんだ」

康「へぇ、任せてくだせぇ!
  きっちり、このめぐり合わせをモノにしてみせます!」

久「………おいおい…呆れて口が馬鹿になっちまいそうだ…」

康「おっと!久の兄貴、すんません、ちょっとハバカリに行って参ります。
  いっぱい飲んだもんで、えぇ、ちょっとすみません」

久「…お、おう」

久「……………………」

関「ね、ねぇ、久治の旦那…」

久「大将、みなまで言うねぇ。
  めでてぇヤツだとは思っていたが、
  こりゃあ、筋金入りどころじゃねぇな」

関「必勝の酒、効きますかねぇ」

久「おう!酒は旨いよ!本当に旨い!良い酒だ。
  康は、まぁ、どうにかなンだろ。
  命まで取られる事にゃならねぇだろうしなぁ」

久「だがなぁ…康が思う様な事だけには、
  ならねぇね。あぁ、違いねぇ。
  あれだね、大将。
  今日は勢正宗からたっぷり元気を分けてもらえりゃ良いさ!」

…と、そんな晩がございまして。

しばらく後の、再び宵の口の事でございます。

久「おぅ、ごめんよ。こんちは」

関「久治さん、いらっしゃい」

久「ついでに、面倒くせぇのもいるけどよ、旨い肴、食わしてやっとくれよ」

関「面倒……あぁ、ああ、康さんかね。分かりましたよ」

康「…………グスッ」

関「や、康さん。いらっしゃい」

関「……わぁぁぁ!おーいおいおいおい」

暖簾をくぐるなり、康治は突っ伏して泣き始めます。
まぁ、毎度のことでございますので、
わざわざ関の大将も気にしない。
終いには、馴染みの客なんて、
壁に「正」の字こしらえて
「連敗街道まっしぐら」なんて、言い出す始末。

関「康さん、やっぱり振られたかい?」

康「おーいおいおい、分かりますか~」

関「鼻水出ているよ。まぁ、そりゃあ見りゃ分かるさ。残念だったねぇ」

久「だーから、言わんこっちゃねぇってんだ」

康「おっかしいなぁ、うまく行くはずだったんスけどねぇ。
  関さんの縁起モンの酒も飲んだのになぁ」

久「必勝の酒よりな、あれだ、
  どっか別の女がお前ぇ欲しさに邪魔したんだよ」

康「どっかぁ?別のぉ?誰なんです。器量良しですか」

久「そんなのは知らねぇよ。どっかはどっかだ。めげなさんな」

康「ふえっ…えぐっ、どこにいンのかなぁ。方々声掛てンのになぁ」

久「んー、お前は図に乗りやがるからな。
  あんまり言いたかねぇんだが、
  結構、様子が良い方なんだよ。ええ?
  ただ、ちょーっと方々に声掛けすぎなんだ。
  分かるか?
  お前さんは、まぁ馬鹿だが愛嬌があるからな。
  案外、近い所に、
  お前さんを好いている、
  添い遂げたいって女もいると思うぜ?」

康「…そうなんですかねぇ、そんな女いるんですかねぇ。
  辛いなぁ。こんな辛いンなら、
  もう、恋なんてするの止めっちまおうかなぁ」

久「おう!ふさぎこんでんじゃねぇよ!元気出しなぁ!」

康「……へぇ、ありがとうござんス。…うぅっ」

久「…どうにも湿っぽくていけねぇなぁ。
  この前と大違いだよ…」

給仕女「どうぞ、肴をお持ちしました」

久「…あれっ、こりゃどうも見ない顔だねぇ」

関「おう。新しく雇ったんですよ。
  お手柔らかに、よろしく頼みますよ」

久「おう!そうかそうか。おっ、ありがとよ。へへ、気が利くね」

給仕女「どうぞ、よろしくお願いいたします」

康「………」

久「おい、康公。おめぇも何か言いなってんだよ、ええ?」

康「………ぽっ」

久「おいっ…てんだ。おい?」

康「………ぽっ………ぽっ」

久「あ!?あっー!?テメェ、まさか!またかコンチクショウめ!」

関「じゃあ、お領ちゃん、次はこれを旭の間に持って行っておくれ」

領「あっ、はい。康さん、久さん、失礼します」

久「おうよ!ありがとな」

康「久の兄さん……」

久「いやいやいや、聞かねぇ!聞かねぇぞ!」

康「久の…久治のお兄さま……」

久「き…聞きたかねぇけど…なんでい?」

康「………あのね、“康さん”って呼ばれちまったよ…」

久「おいおい、お前ぇ、今日は振られたから飲むんじゃねぇのか。
  ちょっと、おい、口がだらしねぇ事になってんじゃねぇか!」

康「新しい恋スよ、久の兄さん。こんな所に恋があるなんて!」

関「こんな所たぁ、随分だねぇ。康さん」

康「いやいやいや、掃き溜めに鶴って言うじゃねぇッスか。ねぇ?」

久「おいおい、関の旦那が怒らないうちに止めときなよ。ほら、包丁持ってンだよ」

康「おう!あの娘さん、なんて言うの?」

久「お・ま・え・は!聞いてないのか、ええ!?どっからだ?ハナからか?」

関「いいよぉ、久治さん。康さんね、お領ちゃんって言うんだよ」

久「…甘やかしちゃいけませんよ。関の旦那ぁ」

関「いいんでぇ。掃き溜めに鶴だって?ええ、また振られっちまうと良いんですよ」

康「良ーい名前だなぁ。お領ちゃん、康さん、お領ちゃん、康さん…良い掛け合わせじゃねぇかぁ…」

久「かーっ!付き合っていらんねぇな。おう!関の旦那!この前の酒をおくれよ!
  あれだ、えー、勢正宗。必勝の鯉の酒だよ。
  逆さにして飲んでやる。康公の必勝ならぬ必敗祈願だ」

康「おいおい、久の兄さん、そりゃヒドイよ。ええ?
  俺も飲むよ~!鯉の酒で、恋成就の祈願をせにゃならねぇんだ」

久「ケッ!いいさ、飲みねぇ。まあね、恋だなんだはともかくだ。
  酒は旨く飲みてぇからな。旨い酒ならなおさらだ」

久&康「ぐびっぐびっ」

康「あぁ、旨い!勢いの神様、のぼり鯉の姿の、恋の神様、どうかどうかこの恋が叶います様に!」

久「ちぇっ。おい康よ」

久「そんなに恋、恋、言ってっと、上ぇ、登って行っちまって、タコにならぁ」






あとがき……………………………酒落語・その参

はい、ご高覧の程、誠にありがとう存じます。
しばらく落語を聞き耽りまして、
前々回よりは、前回よりは…と、
お聞き苦しくなっておりませんならば、幸いに存じます。

さて。

今回のサゲは、野球用語から頂きました。
ゴルフの際にも、不調を言ったりしますかね?
野球で1本も打てない事を「タコ」と呼ぶのだそうです。
手も足も出ず、
釣りで「ボウズ」と呼ぶのに等しい意味合いです。
草木も生えずにツンツルテン。

登竜門とタコと凧の掛け合わせ…となっております。

今回の登場人物名は、
分かる方には分かるかも知れません。
もし、お分かりになったのであれば、
相当の通の方に違いありません。

主だった登場人物は、
康治さん、久治さん、関の大将の3名さん。

関の大将
康治さん(客・主人公)
久治さん(客・兄貴分)

↑ いちばん左の文字を立て読み。

今回登場した信州中野の銘酒「勢正宗」、
丸世酒造店の社長さんのお名前から頂戴いたしました。

間違っても、勘違いしてはいけないのは、
関さんが惚れっぽいだとか、
そう言う話じゃあありませんので。
ご注意を。
とても素敵な社長さんで在らせられます。
中野に行く度、会いに行きたくなります。
岩清水→勢正宗→三幸軒ルート、
僕の中では鉄板中の鉄板です。

「勢正宗」の酒が優しい雰囲気を持ち、
和やかに旨い、と言うのは、
自分はその通り、間違いの無いものだと存じます。
その旨さはノンフィクション、と言うことで。

他の登場人物も、
同じ中野酒造組合の面々を使わせて頂きました。

志賀屋の泉 → 志賀泉、
井賀屋さんのおキヨちゃん → 井賀屋酒造場・岩清水、
新しい給仕さんお領ちゃん → 天領誉、
旭の間 → 旭の出乃勢正宗。

書いている時には、
玉村さん家のお縁ちゃんなんてぇのも考えてはいたのですが、
「お玉ちゃん」も良いなぁ、なんて考えている内に、
噺の中から消えて行ってしまいました…。
申し訳ない…。

と。

管を巻いては居りましたが、
さて、本日この一席もここまでとさせて頂きたく存じます。
最後までのお付き合い、
御礼を重ね、申し上げまして、
お開きとさせて頂きます。

おあとがよろしいようで。

酒 宗夜
酒落語・第3席「のぼり鯉」
2011年4月26日。

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酒落語」カテゴリの記事

コメント

大変面白く読ませていただきました。
次回も楽しみにしております。

投稿: 酒蔵天領誉 | 2011年5月23日 (月) 19時28分

読んで頂き、誠にありがとうございます!
こうして日本酒と落語を組み合わせて行けたら…と思っております。
今後ともよろしくお願い致します!

投稿: SOJA | 2011年5月23日 (月) 20時41分

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